由紀かほる 『密室遊戯〜国際線スチュワーデス〜』
由紀かほる 密室遊戯〜国際線スチュワーデス〜
目 次
1st Flight 深夜の痴態
2nd Flight 陶酔の情事
3rd Flight 肉欲の罠
4th Flight
火
ほ
照
て
る肉体
5th Flight 牝の
矜
プラ
持
イド
(C)Kaoru Yuki
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1st Flight 深夜の痴態
1
車は深夜に近い都心の道路を、快適に走り抜けていた。
ロンドンからのフライトを終えたあとだけに、
濃
のう
紺
こん
の制服に包まれた
躯
からだ
は、さすがに疲労で重くなっていた。
しかし、またこの緊張感から解かれた、神経の
弛
し
緩
かん
した感じが、
東
とう
福
ふく
乃
の
亜
あ
は嫌いではなかった。
このままマンションに帰れば、明日の夜まで間違いなくベッドの中だろう。翌日はオフだが、それではあまりにも普通だし、時間が惜しい気がした。
「ねえ、この先の地下鉄の駅で停めてくれる?」
リア・シートから、ハンドルを握る
鏑
かぶら
木
ぎ
信
しん
吾
ご
に声をかけた。
「でも、マンションまではまだ少しありますよ」
丸顔の鏑木は、細く吊り上がった眼で、バック・ミラー越しに乃亜の方を
窺
うかが
ってきた。
「いいの。一杯やってくわ」
「これからですか?」
「あら、悪い?」
「いえいえ」
同じJNLの社員だが、国際線のスチュワーデスでアシスタント・パーサーの乃亜と、地上勤務の鏑木とでは、ランクが当然ながら違っていた。
年収が違うのはもちろんだが、社におけるポジションが違っていた。わかり易く言えば、地上勤務の男性社員にとって、スチュワーデスは憧れの対象ではあるが、スチュワーデスで彼らとつき合う者はほとんどいないということである。
それでも、スチュワーデスにアタックしてくる者は後を絶たなかった。むろん、可能性がゼロと言うわけではない。たまには食事や酒を呑むこともある。が、結果的には
所
しょ
詮
せん
〃アッシー〃〃メッシー〃に利用されるだけだった。
鏑木もまたその中の一人と言ってよかった。年は三十で、乃亜より上だが、腰が低く、イヤミなところがないので、スチュワーデス仲間ではそれなりに重宝がられていた。
今夜も、成田に着いた際、タイミングよく勤務を終えた鏑木がいたので、後輩のスチュワーデス、
朝
あさ
香
か
芽
め
衣
い
と一緒に送ってもらうことにしたのである。
その芽衣は隣でスヤスヤと眠りに落ちている。
「すごい元気ですね。芽衣ちゃんはもうグッスリなのに」
「だって、まだ若いのよ、私だって」
咎
とが
めるように言うと、
「いや、そういう意味で言ったんじゃないですよ」
「わかってるわよ、冗談でしょう。まったく」
半ば
呆
あき
れながらも、その鈍さに微苦笑を
洩
も
らさずにはいられなかった。
人はいいのだ。
嘘
うそ
はつかないし、小狡いこともできないタイプに違いない。だから、鏑木の心の動きがすっかり読めた。
私に気があるわ、この人――
自
うぬ
惚
ぼ
れではない。
何
な
故
ぜ
なら、たとえそうでも、ちっともうれしくなかったからだ。
乃亜は少しからかってみたくなった。
「信吾ちゃん、今晩、つき合う?」
「えっ、ぼ、僕とですか?」
車の前方とバック・ミラーを眼が何往復もした。
「無理にとは言わないけど」
「い、いえ、僕でいいなら、お伴しますよ――」
「ホント? でも、覚悟はしてるでしょうね。国際線のデスを誘うんですもの、その辺の、ガキの行く呑み屋や、夜景の見えないホテルじゃ駄目よ」
「は、はあ」
「バブルの頃は、それが当たり前だったって言うじゃない。お迎えはポルシェかフェラーリ。高級クラブで踊って、超有名シェフの料理を食べて、お泊まりは都心の一流ホテルのスウィート・ルーム」
「らしいですね。でも、バブルは遠くになりにけりですよ」
「そうよ。でも逆に言えば、今だからこそ本当に選ばれた者が、そういう最高の
贅
ぜい
沢
たく
を味わう権利があるんじゃなあい?」
「はあ、しかし、それって、僕にはちょっとキツイなあ」
乃亜は少し意地悪く、その様子を窺いながら、
「あ、その辺でいいわ、停めて」
近ごろ行きつけの、
小
こ
洒
じゃ
落
れ
たバーがあった。店の前で降りたら、せっかくの
隠
かく
れ
家
が
を教えることになってしまう。
「もし、その準備ができたときは連絡頂戴ね」
「やっぱり、僕じゃ駄目ですかね」
車を降りた乃亜は、チラッとリア・シートの芽衣を見やり、
「ちゃんと送ってあげてね。あなたたち、お似合いよ、とても」
「また、そんな」
運転席の窓を下ろした鏑木は、まぶしそうに乃亜を見上げてから、
「いつか、近いうちに、夜景の最高に美しいスウィートを一週間借りてみせますよ」
「フフ、素敵ね。
愉
たの
しみだわ」
車から離れかけた乃亜は、
「あん、そうだった。言い忘れてたけど、私、自分より背の低い男はパスなの。信吾ちゃん、大きくなってね。じゃ、バイバイ」
それだけ言うと、すぐ脇の公園の中へ入っていった。
〜〜『密室遊戯〜国際線スチュワーデス〜』(由紀かほる)〜〜
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