官能小説販売サイト 一条きらら 『淫らな聖母』
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一条きらら   淫らな聖母

目 次
淫らな聖母
凌辱の柔肌
濡れた罠
魅惑の不倫
淫戯エステ

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   淫らな聖母

     1

 亜也子は、ゆっくりと歩きながら、絵画を一枚ずつ見ていった。
〈イタリア美術の複製画展〉と題された展覧会である。
 ここは生命保険会社のビルの中の、一フロアに設けられたコーナー。デパート主催の美術展のように連れ立った客の姿はなく、美術館や画廊のように愛好家たちの鑑賞の場でもなかった。
 休憩を兼ねて気軽に絵を見ることができるコーナーと、以前にも来て亜也子は知っている。今日は、従妹いとこの結婚祝いの贈り物を、デパートで選んで発送する用件をすませて来たところだった。
 特に絵が好きというわけではなかった。絵画について、詳しくもない。ただぼんやりと、数々の絵を眺めていたくなるような気分から、ここへ来るのだった。
 四方の壁にかけられ、並べてあるのは、イタリア・ルネサンスの画家の作品である。ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロなど。名前だけ知っているという程度にすぎないが、どこかで見たことのある絵も何作かあった。
 フロアの中央に、十二のスツールが正方形に寄せて並べられている。歩きながら絵を一枚ずつ見たあとで、亜也子はスツールの一つに腰を下ろした。
 正面には、ラファエロの『ひわの聖母』という絵がかけてある。母親がやさしいまなざしで、幼い二人の子供に微笑みかけている姿の絵だった。愛らしい子供たちと母親の微笑――。
(あたしには、一生、子供ができないのかもしれない……)
 亜也子は三十三歳、夫は三十九歳で、結婚して六年たつ。
 避妊していないのに妊娠しないため、病院で検査を受けたのが三年前。
 結果は、夫婦とも異常はなかった。不妊の原因はないのに、ずっと子供ができないでいる。
 夫はもう、諦めているらしかった。亜也子も、どうしても子供を産みたいという願望はなかった。
(この可愛い子供達の父親って、どんな男性なのかしら……)
 その絵に眼をやったまま、ふと、思った。
 夫は、子供の父親になっていたら、現在とは違う人間になっているかもしれなかった。中堅の食品メーカーで、部長代理のポストにある夫は、仕事とゴルフのために生きているような人間に見える。
(あたしなんて、家政婦みたいなもの)
 皮肉でも嫌みでもなく、亜也子はそう思った。それが不満というわけでもない。これが私に与えられた人生なのだと諦めてもいた。
 ただ、何かむなしい気がする。むなしくて、寂しかった。この世に自分一人だけ取り残されてしまったような寂しさだった。
「いいですね、あの絵」
 突然、男が、そう声をかけた。
 亜也子は、ハッと我に返った。話しかけられたのは自分だとわかり、
「ええ」
 と、短く答える。いつのまにか隣のスツールに、五十代半ばの男性が坐っていた。
「あの母親の慈愛に満ちたまなざしが、たまらなくいいな。あれこそ、女性の本質、というより本物の女性だ。そう思いませんか?」
 正面の『ひわの聖母』を見ながら、男が言った。
 亜也子は、それに答えなかった。
 少ししてから、静かに口を開く。
「子供を産まなくちゃ女は母親になれません。母親でなければ、本物の女性でないというなら、母親ではない女って何なんでしょう」
 男の意見に反発するふうではなく、亜也子は呟くように、そう言った。
「いや、それは違うんです。女性の慈愛に満ちたまなざしは、子供に向けられるとは限らない。夫、恋人、老いた親、生ある物すべて、抽象的なことを言えば、この世界に向かって注がれるまなざしです。当然、母親ではない女性たちの、慈愛に満ちたまなざしもあるんです」
 亜也子は黙って聞いていた。男は、ノー・ネクタイで、足許に黒いショルダー・バッグを置いていた。
 平日の午後二時過ぎである。男はサラリーマンではないのだろうか。あるいは、仕事が休みなのか。
 それとも、ここで時間つぶしをしているのだろうか。
 この小さな美術展を見ているのは、ほかに主婦らしい中年女性と、初老紳士がいるだけだった。
「……特に男にとっては、永遠の求愛です。あのような女性の慈愛あふれるまなざしは、本当に素晴らしい。男はいつだって、女性の慈愛を求めて生きている。それに救われたり、安らぎ、いやされて、生きる活力が湧いてくるんだ。そうでなければ、男は立ち直れない。男とは弱い生き物です」
 亜也子は何となく微笑を浮かべた。この男も、自分と同じむなしさと寂しさを感じて暮らしているような気がした。
「あなたは、まだ若いから、おわかりにならないでしょうけどね」
 男が微笑を浮かべて亜也子を見やった。
「あたし……若くありませんわ」
 恥じらったように亜也子は呟いた。
「だって、まだ二十代後半ぐらいでしょう?」
「まあ、うれしい」
「違うんですか?」
「本当は、三十……」
「三十歳? ぼくから見たら、若いなあ」
 
 
 
 
〜〜『淫らな聖母』(一条きらら)〜〜
 
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