由紀かほる マザーレス・ファッカー
目 次
マザーレス・ファッカー
鎖のスカーフ
黒い扉の生贄
ラウンド・アバウト・スッチー
プライベート・スッチー
モデルくずし
天井裏の秘戯
(C)Kaoru Yuki
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マザーレス・ファッカー
1
有沢奈々絵は午後七時すぎ、パリからのフライトを終えて帰宅した。
予定よりも一時間以上早かった。スチュワーデス・パーサーにまで昇りつめた心身は、並の男など及びもつかぬほど逞しく鍛え抜かれていた。
腕や脚などは入社当時に比べると、ずい分と太くなってしまった。それでも、知的で洗練された貌立ちがそうであるように、現役のスチュワーデスとして常に乗客の眼に晒される脚は、筋肉が見事に引き締まって、プライドと自信がぎっしりとつまっている感じがして、奈々絵自身嫌いではなかった。
フライト直後は、パンプスの上のふくら脛も太腿もパンパンに張っていた。帰宅した際は、だから一刻も早く入浴して、長く発達した脚を入念にマッサージしてやりたかった。
「あら?」
門をくぐって、玄関に向かいながら、奈々絵は小さく声に出していた。一階の夫婦のベッド・ルームの灯りがついていた。
大学教授の夫は、昨日から九州へ出張へ行っているはずだった。
玄関でパンプスを脱いで、奈々絵はまっすぐにベッド・ルームへ向かった。
家政婦が帰り、この時刻なら高校生の長男の浩克がいるはずだ。
ベッド・ルームのドアは開けっぱなしになっていた。
洋服箪笥の抽斗が開けられている。泥棒が入ったような感じだった。いや、間違いなかった。
奈々絵は、だがあわてずに大きく溜息をついた。
奈々絵の身に着ける下着類がなくなっていた。犯人はわかっていた。
奈々絵はバッグを置いて、二階へ向かった。
浩克は奈々絵の産んだ子ではなかった。夫の連れ子だった。
夫とは二十歳ほど、歳が離れていた。結婚したとき、浩克はまだ小学生だった。
この頃の子供の成長ぶりが著しいということを、奈々絵はまざまざと見せつけられていた。
ついこの前まで、手をつないで歩いていたと思ったら、今では身長は奈々絵を追い越していた。
スチュワーデスの奈々絵も一六七センチあったが、パンプスを履いていても、浩克の方が高いくらいだった。
ここ一カ月ほどだろうか。奈々絵は何度か下着が紛失していることに気づいていた。
泥棒のはずはなかった。奈々絵は絶対に自分の下着を外に干したりしないからだった。
バスルームで脱衣場のカゴに入れたショーツがなくなっていることもあった。
愕然となった。それまで、認めたくないという気持ちがあったことを、奈々絵は認めざるをえなかった。
うちの子に限って――親なら、誰でも思うことだった。が、盲目にならずに、冷静な判断を下せたのは、血の繋がった子ではないせいかもしれなかった。
自分を見つめる浩克の視線が、いつ頃からか変っていた。明らかに、異性を意識していた。自分に女を見ていた。性欲の対象にしていた。
浩克の部屋の前に立つと、奈々絵は気持ちを引き締めた。
放ってはおけなかった。今のうちにしっかりと言っておくべきだ。
軽く深呼吸をしてから、ドアをノックした。
2
「浩克さん、お話があるの」
浩克は背を向けて、勉強机の上にファミコンの雑誌を拡げていた。
「今、忙しいんだ」
「大事なお話なのよ」
奈々絵が近づく気配を感じて、浩克がふり返った。
髪を伸ばした色白の貌は、一見女の子と見間違えそうだった。ヒョロッとした体形と、何事にも真剣に取り組まない、軽薄そうな感じがあって、それはそれで同年代の女の子にはモテるのではないかと思われた。
夫の血を受け継いでいるのだから、頭のデキは悪くはないはずだった。ただ、捲れた赤い唇の口もとの、どこか締まりのない卑しさが、実の母親の面影を忍ばせていた。
「実はね、この頃、変なことがあるのよ。お義母さんの下着がよくなくなるの」
奈々絵はじっと浩克を見つめていた。
「私の思い違いじゃないかって思ってたんだけど、どうもそうじゃないらしいってわかったのよ」
「へえ」
浩克は開き直ったように言って、貌をそむけた。
「あなたなんでしょう、浩克さん」
思いきって、奈々絵は切り込んでいった。口調は、しかし、穏やかなままだった。
一瞬、浩克の眼に動揺が走った。
「正直に言って頂戴。それなら、お義母さん、怒ったりしないわ」
「―――」
「でも、そうじゃないなら、お父さまにも相談しないといけないと思うのよ」
打撃で、浩克の貌が歪んだ。
「いいかしら」
「いや――」
「認めるのね。じゃあ、返してくれるわね」
「いや」
浩克がはじめて奈々絵を見つめ返してきた。
「言いたきゃ、言いなよ」
何か強い意志のようなものが、ギラギラと眼の中で燃えていた。
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