中村嘉子 感じる好奇心
目 次
第一話 あぶない血すじ
第二話 ピンクの髪飾り
第三話 可愛い部下
第四話 女同士？
第五話 名器になりたい
第六話 奇妙な性癖
第七話 心地よい事件
第八話 夢の中
(C)Yoshiko Nakamura
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第一話 あぶない血すじ
１
昼ちかくに起きてきた秋子は、だらしなく寝乱れたネグリジェ姿で怠そうにキッチンに入って来ると、冷蔵庫を開けて、牛乳のパックを取り出した。
「あら今起きたの？ ずいぶんゆっくりね。三日前まで主婦してたくせに……」
流しで、昼食のためのタクアンを切っている春香は、姉のうっとうしい姿に少し眉を寄せながら、言った。
「三日前じゃないよ。もうずっと前から、主婦なんてやめちゃってたもんね」
二十六歳の、三日前までは戸籍上〃人妻〃だった秋子は、まるでしつけの悪い女校生のような言い方をして、紙パックのまま、牛乳をゴクゴクと飲んだ。
「あっ、やめてよォ！ ちゃんとコップに入れて飲んでよね。みんなで飲む牛乳なんだからァ……」
春香は姉を叱った。
「あっ、ごめん。そうだったね。ここ、あんたのうちだったんだ」
口のまわりにヒゲのようについた牛乳を手の甲で拭いながら、秋子は流しに寄って来て、マナイタの上を覗いた。
「なんだよ。タクアンじゃないの。朝からケチくさいもん食べるんだ」
春香の顔のそばで、姉が言った。その口には、口臭があった。淡いが、平凡な生活を送る春香とは別人種のような、腥いにおいだった。
その口臭に、ますます眉をひそめながら、春香は姉に、
「朝じゃないわよ。もう昼よ。これは昼のお茶づけ用……」
と言い返した。
「あっ、そうか。あんたんとこのダンナ、遠距離通勤だもんね。朝早いんだ」
「そうじゃなくたって、とっくに朝ご飯なんて終わってるわよ、普通の家は……」
「アタシんとこは、ずっと朝抜きだったからね」
「それでお義兄さん、よく何年も我慢してたわね。離婚の原因、やっぱり姉さんなのね……」
「あんなやつのこと、義兄さんなんて呼ぶんじゃないよ。男のくせに細かくて、やな男なんだから。アタシ、よく八年間もいっしょにいられたもんだなって、自分の忍耐強さに感心しちゃってるんだからね」
秋子は、自分にはまったく非がないような口調で言い、マナイタの上のタクアンの一切れを掴んで、口に入れた。
「やめてよォ……。この家では、そういう行儀の悪いことをしないでよね。姉さんがそんなだと、私、主人のてまえ、困るのよオ」
これ以上摘まれないように、タクアンを小鉢に慌てて入れながら、言った。自分でも、いつになく声が疳高くなっているのが判った。
姉がこの家に転がり込んでまで二日目だというのに、春香は、すっかりヒステリックになってしまっていた。自分でもそれが判っているので、情けなかった。三つ違いの姉とは、もともと性格も趣味も正反対で、容貌や体型にもあまり似たところがなく、子どものころから反りが合わなかったのである。その姉が、昨日、突然に「離婚しちゃったから、しばらくここへ置いてよ」と、図々しく転がり込んできたのだから、春香としては愉快なはずがない。
置いてくれと言われたとき、春香は渋ったが、人のいい夫の卓也が、
「身内なんだから、いいじゃないか」
と、ＯＫを出してしまったのである。
「じゃ、ま、お茶づけでもいいわ。アタシも食べる」
秋子は、食べるのが当然のように言って、仕度を手伝いもせず、さっさとダイニングの椅子に座ってしまった。
春香は、不満をグッとこらえて、お客用の茶碗と箸を姉の前に並べた。
「塩ジャケなんか、ある？」
「ないわ。タクアンと、お茶づけ海苔と、佃煮……」
「ケチくさいんだからァ」
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