中村嘉子 禁断の情事
目 次
嫉かない女
ワラをつかむ女
Condomの夜
執着の捨て場
蜜の要る果実
これでギリギリ
色の無い花
Virgin
溶けない氷
呼んでください
めくるめく場所
ガイジンが来た
(C)Yoshiko Nakamura
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嫉かない女
1
信之が近くの酒屋へビールを買いに行ったすきに、麻弓は、ジュウタンへ這いつくばった。
毛足の長いジュウタンだが、よく見れば安物であることはすぐ判る。淡いグレーの、信之同様に見かけ倒しのシロモノだ。
だが、麻弓がそこへ這いつくばったのは、ジュウタンの品定めをするためではない。安物であることは、とうに知っている。ジュウタンだけでなく、この部屋にある物は、テレビやビデオデッキなどの電化製品と、服や靴などの外へ出るときに身に付ける物以外は、すべて安物である。白木のテーブルにしても、黒塗りのチェストにしても、一応、そのときどきの流行をとりいれて買った物らしいが、素材もよくないし、品もない。
持ち主である信之に、どれもよく似ていると、麻弓は思っている。
そんなことを今さら確認するために、ジュウタンに顔を近づけたわけではないのだ。
(……あった! ここにも……こっちにも一本……)
ろくに掃除機をかけていないジュウタンには、あちらこちらに毛が落ちている。
長いのもあれば、短いのもある。
ちぢれたソバージュもあれば、ワンレンを思わず連想してしまう長くて真っすぐな毛もある。
色にしても、かなり茶っぽいのから真っ黒なのまで、まるで毛染めのサンプルみたいにさまざまだ。
それを麻弓は、せっせと拾い集める。
掃除が目的でそういうことをするのなら、掃除機でやるほうがずっと簡単だ。
だが、そういう物は使わずに、指で摘んで一本一本拾い集めていく。
(……この短いソバージュ、はじめてみたい。あ、でも、長いのが途中から切れたのかな? 〃長ソバ〃のコは、長いもんね。信之なんかとよくつづいてるわ……)
長いソバージュが〃長ソバ〃、真っすぐで長いのが〃直長〃で、ショートの直毛は〃直短〃と呼んでいる。名前も顔も、なにひとつ判らない相手なのだから、しようがない。
毛の種類から推理すると、信之のこの部屋には、十人前後の出入りがあるようだ。勿論、その中には、信之自身のものも、男友だちのものも含まれるが、明らかに女と思われる毛だけでも、五人分はある。
最低でもそれくらいの数の女と、彼はつきあっていることになる。
ひとしきり毛を集めて躰を起こした麻弓は、溜め息を吐いた。
いつもながらの毛の種類、量だ。
(掃除ぐらい、ときどきすりゃいいのに……。不精なんだから……。服とか髪型とか腕時計とか、外見ばっかり気ィつかって、家の中なんかまるっきりかまわない……。困ったヤツ……)
エエカッコシイで、軽薄で、女好きで、会社に勤めても長つづきしない……信之は本当に〃困ったヤツ〃なのだが、そんな男を嫌おうにも嫌えないから、実に厄介なのだ。
嫌うどころか、ダメな性格の部分にひかれてさえいる。
ここへ来るたびに、わざわざジュウタンの毛を集めて溜め息を吐くのも、信之に対する執着を確認するためなのかも知れない……。
(〃直短〃がないわ。別れたのかな……? 今まで、落ちてる数けっこう多かったのに……。きっと別れたんだわ。信之とじゃ、シンドイもんね)
ティッシュペーパーの上に、髪の毛を分けてのせながら、麻弓はそんなことを考える。
つねに五、六人分はある女の毛だが、二、三カ月から、長くて半年ぐらいで種類が入れかわっていく。
信之のいい加減さと女グセの悪さが、落ちている毛だけでもよく判るのだ。
(……ま、どっちにしても、アタシがいちばん長いつきあいなのよね。もうすぐ二年になるもん)
自分のつきあいの長さを確認して、麻弓は満足した。
いつものことだ。単なる〃自己満足〃なのだと判っていても、(アタシがいちばん)と思うたびに心地いい。
また溜め息が出た。
今度は満足の溜め息だ。
そのとき、ドアが開いた。
麻弓は慌てて、髪の毛ごとティッシュをまるめ、クズ入れの中へ捨てた。
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