中村嘉子 OL社内遊戯
目 次
第一話 肌を彷徨う
第二話 指に狂う
第三話 膣を弄う
第四話 菊を狙う
第五話 視線が這う
第六話 女体が惑う
第七話 乳房が舞う
第八話 花芯が誘う
第九話 狂宴に酔う
(C)Yoshiko Nakamura
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第一話 肌を彷徨う
1
山下の脱ぎ捨てたワイシャツには、クリーニング店独特の乾いた糊のにおいがきつく残っていた。
そのワイシャツの上に無造作に脱いで置かれていくランニングシャツやブリーフには、洗剤のにおいが、すすぎ不足ではないかと思われるほどついている。
山下は、体臭の強いほうである。中年男性特有の煙草のにおいや淡い脂のにおいのほかに、近くに寄ると、ほどよい腋臭のにおいが亜生子の鼻孔に香ってくる。“ほどよい”というのは、つまり、亜生子がそのにおいを好いているということである。山下の体臭そのものが亜生子にはわりあい心地いい。
だが、そんな躰から脱いだ服なのに、ワイシャツにも、ランニングにも、ブリーフにも、移り香がいつも全然ないのである。
亜生子は、それがもの足りない。
いや、単にもの足りないだけでなく、そこに山下の妻の“抵抗”を感じずにはいられなかった。
「清潔好きなのね、カチョーの奥さんて……」
ランニングを手に取り、嗅ぐ恰好をしながら、亜生子はいった。
このセリフは、今夜がはじめてではない。
いつ会っても、山下が、ワイシャツやブリーフに同じにおいをさせているので、皮肉のつもりで、三回の逢瀬に一回くらいずついっている。
本当は、こんないい方ではなく、
「ワイシャツは糊がプンプン、下着は洗剤づけ……あなたの奥さん、あなたの体臭を私に嗅がせたくないみたいね」
と、はっきりいってしまいたいところなのだ。
「でも、いくらにおいの強いもの着せたって、セックスのときは脱いじゃうんですものね。無駄な抵抗ってもんよね」
とも、いえるものならいってやりたい。
だが、このセリフをいうなら、相手は山下でなく、その妻であるべきなのだ。が、それをいう機会は、今のところなさそうだった。
山下は、亜生子との関係を、妻には当然隠している。バレることを極度に恐れている。
山下の妻は、女の勘で亭主に女がいると薄々察して、こんな“においの鎧”を着せているのだろうが、その相手が部下のOLである亜生子とはしらないのである。
山下との関係には、これ以上の発展はない。
おそらく、いつかはこのまま終わってしまうのだろうと、亜生子には判っている。
それでも、かまわない。
そのときになってジタバタするほどの愛情を、亜生子は山下に今でさえもってはいない。
だが、山下の妻のこういう“抵抗”のしかたが、亜生子は、女として我慢がならないのである。相手の気持ちがよく判るだけに、我慢ができない……。
「清潔好きなのはいいけど、洗剤のにおい、ちょっと強いんじゃないかしら。においがあなたの肌にも移ってて、抱かれたとき、プーンとにおうのよね……」
山下が、なんの返事もしないでやりすごそうとしているので、亜生子はさらにいった。このセリフは、今夜がはじめてだ。山下への皮肉は“やんわり”と決めているので、いつもはここまではいわない。
今夜は生理がちかく、体液が濃くなっているせいか、ついいってしまったのだ。
「そうかあ?」
と、全裸になった躰にホテルの浴衣をひっかけながら、山下はいった。さりげない表情をしているが、それだけに彼がこの話題を嫌がっていることが、亜生子には判る。いやな話になると、彼はきまって、ことさらさりげない顔をつくる。
つまり、彼も、強いにおいに妻の抵抗を感じているのだろう。
「も少し、すすいでもらったら?」
ワンピースの背中のファスナーを自分で引き下ろしながら、亜生子は、その背中を山下のほうへ向けていった。
「洗剤がいけないのかなあ……」
いいながら、山下は寄ってきて、ファスナー下ろしを手伝いはじめる。
「洗剤なんて、どれもそう違いはないわよ。よく洗えば、においはもっと落ちるもの……」
「そうか。じゃ今度、いっとこう」
いえもしないくせにそういって、自分のその言葉を亜生子に追及されるのを恐れるように、山下は、急にせっかちな手つきでワンピースを剥いだ。
「あン……くすぐったい。私、背中弱いんだからア……」
本当にすごくくすぐったかったので、亜生子は、上半身をいやいやするように捩った。
「亜生子のカラダ好き……俺、このカラダ、大好き……」
山下は、四十すぎとは思えない青くさい声でいい、ブラジャーだけになった亜生子の背中を抱きしめた。
腋臭が、プーンと香ってきた。
だが、まだそのにおいの中に“洗剤”が残っている。
亜生子にとって、今は、洗剤、イコール、山下の妻である。
洗剤臭が、いまいましい。
「もっと抱いて……。カラダ、メチャクチャになるほど、抱いて……」
亜生子は、後ろの山下に命じるようにいった。
洗剤を消すためには、山下も、自分も、ケダモノみたいになってしまうのがいちばんだ。
「亜生子、俺の亜生子……」
声を上擦らせていいながら、山下は、ブラジャーを外し、亜生子の躰の前にまわってきた。
そして、再び抱きしめて、あらわになった乳房の片方を、激しく揉みはじめる。
激しいだけの揉み方だ。
山下は中年男だが、セックスのテクニックはあるほうではない。激しさが売り物のような愛撫のしかたをする。
性感のツボが躰の表面よりも内部に埋もれているタイプの亜生子には、そのやり方がかえって効くのである。
情愛の薄いわりに、山下との関係に執着をもっているのは、彼のこの激しさのせいかもしれなかった。
激しさと、そして、妻の存在のせいである。
「もっと、して……もっともっとひどくして……して……ああっ……!」
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