官能小説販売サイト 北本世之介 『性炎未亡人』
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北本世之介   性炎未亡人

目 次
一 夜 妻
桃色修業
部長夫人
性炎未亡人
性宴めしべ

(C)Yonosuke Kitamoto

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   一 夜 妻

 添野るり子はなかなか寝つかれず、手を伸ばして枕元の電気スタンドのスイッチをひねった。小さい明かりが、るり子のすぐかたわらで安らかな寝息をたてている夫の幸彦の顔をぼんやり映し出す。
 身体を反転して腹ばいになり、スタンドの下の目覚まし時計に眼をやると、午前2時を回っている。
 るり子はのび上がるようにして、白く光沢にみちた両肩を上掛けぶとんからせり出した。
 ふたたび裸のしなやかな細い腕をのばし、幸彦の頭上に置かれた白いタバコを一本抜き取って口にくわえる。カチッというライターの点火音がやけに大きく感じて、るり子は思わず夫の顔を見つめた。だが、幸彦は相変わらずリズミカルな寝息をこぼしつづけている。
 るり子は、神経過敏になっている自分に気づいてふっと苦笑し、くわえた白いタバコに火をつけて大きく吸いこんだ。薄くルージュを引いた形のいいくちびるを開き、ゆっくり煙を吐き出す。
「毎晩、残業して帰るんだもの、仕方がないわ」
 また大きく煙を喫いこみ、吐き出しながら夫の充ちたりた顔をしみじみ見つめた。
 その顔は、40歳という年齢にふさわしい頼もしさと風格にあふれている。仕事熱心で部下達の信頼も厚く、会社では将来もっとも期待されている人間の一人といわれている。
(わたしは、しあわせな女だわ。好きな男に愛され、子供もすくすく元気に育っている。こんなにハッピーで、申しわけないくらい……)
 そうるり子は心に思った。
 幸彦とは10年前、るり子が短大を出て勤めたアパレル関係の会社で彼に見そめられ、半年間の交際を経て結婚に到ったのである。
 容姿もプロポーションも、並はずれて美しいるり子を、独身の若い社員たちは色めきたって口説きにかかってきた。その中で、若くして課長になった幸彦が、いわば上司という権力をタテに、強くアプローチしたわけである。
 るり子は、他の男たちと同様、とりたてて幸彦に魅力を感じたわけではない。だが、幸彦とデイトを重ねているうち、結婚相手としては是もなく非もないが、少なくとも経済上の心配だけはいらない相手だと感じるようになった。
 もともとるり子は、華やかな外見に似合わず地味な性格で、だから自分には、大それた冒険もない代わりに、つましく平凡で、安定した生活が望ましいと考えてきた。学生時代、周囲にはかなりきわどいアバンチュールを楽しんでいる連中もいて、それはそれで否定はしなかったが、とうてい自分の受け容れるところではなかった。
「女の幸福ってね、結局は、いいダンナさんを見つけることなんだよ」
 という母親のことばを大切にしてきた、古風なタイプの女だった。
 だから、ハネムーンの夜、初めてるり子の肌に触れ、彼女のからだの中に入った幸彦が、信じられないといった顔つきで、
「処女だったのかい!」
 と、感動のあまり震え声で口走ったのも無理はない。るり子にとって、処女を結婚相手に捧げることは、しごく自然なたしなみにすぎなかったのである。
 幸彦は大いにハッスルして毎晩、彼女に挑んできた。けれども、ハネムーンベイビー、つまり初夜で妊娠、出産してからは、育児が大変になったこともあり、夫婦のいとなみが急にペースダウンした。
 もっとも、るり子はそれで不自由を感じたことはあまりなく、自分も幸彦も性的に淡白なタイプなのだろうと思ったくらいで、格別、欲求不満になることもなかった。友人の人妻たちがいうように、我を忘れるような女の歓びを味わったことはないが、それは主観の問題だろう。あるいは、自分にはそうした官能的才能はないのかもしれないが、それならそれでいい。ワケが分からなくなる種類の歓喜とは異なるけれども、もっと別の種類のしみじみした安らぎや安心感を、幸彦は与えてくれる。
 いまでは月に1度か2度、夫婦の交渉があればいいほうだが、それでるり子はなんの不都合も感じていない。
 結婚して3年目に入るころまでは、幸彦はたびたび昼間、突発的に自宅に電話をかけてきた。
 あるいは、注意深くるり子の周囲から男の匂いを嗅ぎとろうとし、他の男のキスマークがついていないか、明るいライトの下でそれとなく観察したり、とくにクンニリングスをほどこすときは、こっけいなまで鼻を陰部に近づけて秘臭を嗅いだり、濡れそぼった粘膜を指で左右にひろげて奥まで熱心に覗いたりもした。
 愛妻の浮気を神経質にチェックしていたわけであるが、そんなときにはるり子はむしろ、愛されているんだわ、と感じ、いっそう夫への愛情を深めただけである。
 幸彦はやがて、るり子が浮気をするような女ではないとすっかり信じきり、
「おまえとくるみのためにも、おれは頑張るぞお。あと2〜3年したら、こんな郊外の中古マンションじゃなく、都心近くの新しいマンションに移ろうな」
 そして実際に、いまは新宿から電車で20分の駅近くに、新築の3LDKのマンションを購入して、そこへ移り住んでいる。
 夫は一所懸命に働いてくれるし、自分や娘のくるみにもやさしい。夫に寄り添い、このしあわせを大切に守り育てていくこと。それが、地味だけれども妻として母親としての自分のつとめである。
 浮気なんて、もってのほか。人間としての重大な裏切りであり、だいいち、自分はそんな大それたことができるような女ではないし、関心もない。小説や映画と現実を混同するほど自分はバカではないし、分別もたしなみも充分に持っている……。
 そのように考えて疑うことのなかったハズが、いまは、心臓がギュッと締めつけられる息苦しいまでの感覚に見舞われている。考えてもみなかった甘苦しい初めての感覚。その悩ましくも切ない感覚が身体のなかを駆けめぐる。やがて、秘部がズキズキ疼いてきた。
 タバコを灰皿に揉み消すと、るり子は全裸のままそっと布団から抜け出て立ち上がり、バスルームに向かった。
 寝室からリビングルームへ抜けるドアの所で、るり子はあらためて幸彦のほうを振り返った。眼をさます気配はない。
 るり子は安心し、ドアを閉じると、リビングの向かい側の浴室へ入っていった。


 しばらくして、夫の幸彦は眼を開けた。
「…………」
 いぶかしがる眼つきになり、ときおり怒ったような表情に変わる。
「まさか、るり子が……」
 ためいきにも似た声でつぶやくと、頬の線をぴくぴくさせたりする。
「そんな、バカな……」
 いくぶん語気をあらげて、口にしてみると、ある疑惑が打ち消しがたくぐんぐん頭をもたげてきた。
 しかし、確証があるわけではなく、ただなんとなく感ずる疑惑なのである。いや、かえって不鮮明なぶん、余計にやっかいな気分にさせられる。
 幸彦はイライラして煙草をくわえた。ライターを掴んで点火し、あお向けのまま天井へ向かって紫煙をゆっくり吐き出しながら、昨夜からいまにかけて起こったるり子の変化について、注意深く記憶の糸をたぐり寄せてみた。
 ――昨夜、仕事の接待で、上得意客を相手に明け方までクラブ回りを覚悟していたのだが、思いもよらず商談がスムーズにまとまり、最終の電車で帰宅した。
 昂揚感で、久しぶりに妻のからだに溺れてみたくなった。考えてみれば1カ月ぶりである。
「おい、るり子」
 そう短くいって、こちらに背を向けている妻の肉感的なヒップに手をのばした。布団はダブルのサイズで、結婚以来ずっと一つ布団に一緒に寝ている。セックスは淡白でも、それが夫婦の自然の姿だとお互いに考えているせいでもある。
 もっとも、一人娘のくるみがだいぶ大きくなってきたので、そろそろ布団を別々にしようかと2人とも考えている最中だった。
 るり子はスタンドの明かりで本を読んでいる。それは彼女の以前からの習慣だが、ひょいと見ると、スタンダールという作家の名作『赤と黒』である。
「めずらしい本を読んでるじゃないか」
 からかうようにいって、るり子のパジャマズボンのなかへ手をすべりこませ、弾力にみちたヒップの肉を撫で回した。
 むろん、るり子がSF小説のファンだといっても、それだけしか読まないわけではないことは彼も知っている。しかし、あの作品には、主人公のジュリアン・ソレルが、年上の人妻に夢中になる場面が一つのクライマックスである。
 妻がなぜ、そんな本をひもといたのか、幸彦はそのとき、さしていぶかしくも考えなかったが、
「え、ええ、たまにはね」
 るり子が少しあわてたように本を閉じたのが、ちょっぴりひっかかった。もっとも、そのはにかんだ彼女の仕草が妙に新鮮で、幸彦は性欲を刺戟された。身体の中から熱く盛り上がってくるものを感じ、
「すごい。るり子、さわってみろよ」
 妻の手を掴み、自分のパジャマズボンのなかへ導こうとした。すると、るり子があわてて手をひっこめたのである。
「おや、どうかしたのか」
 上体をいくぶん起こして幸彦がるり子の顔を覗きこんだ。るり子は、表情を見られたくないとでもいうように顔をそむけ、
「だって、明るいんですもの」
 顔をそむけたまま、かぼそい声で答えた。見れば、頬ばかりか耳たぶまで薄紅色に上気してなまめかしい。
(そうか、久しぶりなもんだから、テレてるのか。ふふ。1カ月分まとめて可愛がってやるか)


 
 
 
 
〜〜『性炎未亡人』(北本世之介)〜〜
 
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