由紀かほる 『鎖のエンブレムIII〜レディ・ドール〜』
由紀かほる 鎖のエンブレムIII〜レディ・ドール〜
目 次
第一章 妖 夢
第二章 ブラック・コネクション
第三章 淫魔のささやき
第四章 壇上のマリア
第五章 愛と欲望の彼方
(C)Kaoru Yuki
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第一章 妖 夢
1
白昼だった――
すれちがう者で、ふり返らぬ者はいなかった。後ろから追い越していく人々も、やはりその奇妙な女の二人連れを好奇の眼で
一
いち
瞥
べつ
していった。
一人の女が鎖を手に持ち、首輪をつけたもう一人の女を四つん這いにして、歩いていた。頭上を首都高速三号線が走る、六本木の街中だった。
女は
石
いし
野
の
亜
あ
矢
や
子
こ
だった。黒のスウェードのワンピースを、腰のベルトでキュッと締め、グレーの麻のジャケットを着ていた。
黒いサングラスをかけていても、いかにも元一流モデルらしい肉付きの薄い、冴えた
貌
かお
立
だ
ちの美しさは、この六本木でも目立った。
加えて、一七〇センチを超える長身と、それにふさわしい脚の美麗さも、まわりを圧倒していた。
むろん、ワンピースは膝上三十センチの超ミニだった。そのタイトなスカートの
裾
すそ
から、二本の長い太腿が、内側のムチッとした肉をすり合わせながら、街中を
闊
かっ
歩
ぽ
していくのだ。
男でその眺めに魅せられない者は、この世にいないのではないかと思われた。さながら男の願望に応え、眼をたっぷりと楽しませるために生まれてきたような超ミニからの眺望だった。
そのくせしかし、さらにエロチックな光景を期待させながら、決してそれ以上をのぞかせるようなことはなかった。
そのすぐ後ろを、
浅
あさ
野
の
未
み
来
き
が四つん這いで歩いていた。亜矢子よりも若く、しかも勝るとも劣らない曲線美を誇る肢体には、黒いゴムベルトのみが許されていた。
豊かな上に、尖端を常にそそり立てた恰好の美しい二つのバストは、上下と真ん中から挟みつけるように巻かれたゴムベルトの隙間から、一段と豊満に張りつめて、重たげに垂れていた。
首から緊縛を施されたゴムベルトは、さらに上体から腰、ヒップ、そして太腿から足首まで、キッチリと張りのある肌に喰い込んで、各部の肉付きを盛り上げていた。
パンティは、もちろん、ゴムベルトで代用されていた。下腹からヒップにピタッと貼りつくゴムベルトは、どうにか女としての、人間としての器官を隠しはしたが、逆に二つのヒップの隆起のまろやかさを強調し、加えて頂きのアンダー・ヘアが
剃
そ
り落とされているのを露呈していた。
番犬用の赤い太い首輪をはめた未来は、シームの入ったストッキングを美しくふくらませる亜矢子のふくら
脛
はぎ
のあとを這っていくのだった。
いかなる奇抜なファッションも受け入れるその界隈でも、その未来の姿はやはり衝撃的と言ってよかった。
「何、アレ」
「変態でしょう」
未来の脇を通りすぎる女たちは、そうささやき合い、また男たちは、
「ありゃあ、この辺の変態クラブのプレイさ」
「でもあの女、いい躰してるな。それにすごい美人だぜ」
などと言って、思わず舌舐めずりした。
交差点の歩道の手前で立ち止まった亜矢子は、信号待ちの人混みの前に出ると、口にしていたガムをプッと路上へ吐き出した。
「未来、拾うのよ」
正面を見たまま、平然として命じた。
一段低くなった通路へ、亜矢子の足もとから這い出した未来は、アスファルトの上のガムを口で拾い上げて、後ずさりした。わずかだが、そのときに未来のヒップが亜矢子の脚に触れた。
「ボケッとしてるんじゃないよ。気をおつけ」
さり気なく言ったかと思うと、未来の手の甲を踏みつけた。爪先でではない。一七〇センチの熟れた躰を支える、高いヒールの底へ、体重をのせて踏んづけたのだ。
「申し訳ありません――」
悲鳴を、
貌
かお
を引きつらせて未来は噛み殺した。
その様子を、唇もとに笑みを浮かべて見下ろした亜矢子は、さらにグリッ、グリッと
踵
かかと
で踏みにじってから、
「先に立って歩くのよ、未来」
「はい」
信号が青になると同時に、未来は四つん這いの姿勢のまま、ゴムベルトだけの裸身で六本木の交差点を渡りはじめた。亜矢子に踏まれた手の甲からは、薄っすらと血が
滲
にじ
んでいる。
傍にいた通行人はもちろん、反対側から歩いてくる人々も、未来へ嘲笑と
蔑
さげす
みと好奇に満ちた視線を向けてきた。
(当然だわ、浅野未来。お前にはこの姿が一番お似合いよ)
後ろを大股で歩きながら、亜矢子は陶然とした眼で、未来の
惨
みじ
めな姿を眺めた。
かつて自分の夫だった世界的デザイナー、亜井ユウゾウと恋仲になり、自分との離婚後は亜井と別れ、“アサノ・ミキ”という新ブランドを設立して、一躍日本の人気デザイナーにのし上がった。
その浅野未来が、今自分の足もとを無様な姿を公衆にさらしながら這っている。犬のように、その生意気な品のよい貌と、若く豊かな躰に
嘲
ちょう
罵
ば
の視線を浴びながら、六本木の路上を引きまわされている。
超ミニの中の、太腿の付根でピッチリと貼りついたシルクのパンティを、亜矢子はとめどもなく濡らしていた。
亜矢子はゴムベルトだけの未来を連れて、喫茶店に入った。
呆然と見つめる店内の客や、従業員の間を縫って、堂々と窓ぎわの席についた。むろん、未来は椅子に坐ることは許されず、亜矢子の脚もとに正座した。
平静を装いながら近づいてきたウエイターに、亜矢子は、
「カフェ・オレを頂戴」
「カフェ・オレを二つでしょうか」
「一つよ。奴隷が主人と同じものを飲むなんて
贅
ぜい
沢
たく
でしょう。この奴隷には、私のいらなくなったもので十分よ。だから、空のカップを頂戴。少し大きめのやつをね」
「は、はい」
戸惑った表情のままウエイターが下がると、
「未来、さっきのガムをお出し」
未来はハッと頬を強張らせる。
「どうしたの。さっさと出すのよ」
「すみません、亜矢子さま。呑み込んでしまいました」
両手をつき、頭を深く垂れた。
「貌をお上げ」
ひどく優しい口調で言った亜矢子は、凄まじい勢いで、未来の両頬にビンタを浴びせた。あまりの鋭い音に、客たちまでが
慄
ふる
え上がった。
「お前みたいに喰い意地の張った
卑
いや
しい奴隷はいないよ」
「申し訳ございません」
翳
かげ
りの深い眼を伏せて、未来はよろけた躰を立て直した。
「こっちへおいで」
正座したまま、張りのある美しい太腿を動かして、亜矢子にいっそう近づいた。テーブルの上の水の入ったコップを手にした亜矢子は、未来の頭上で
躊躇
ためら
いもなくさかさまに傾けた。
豊かなウエーブのかかった髪を濡らした水は、頭から頬を伝って
滴
したた
った。そこへ、さらにもう一つのコップの水を浴びせると、
「お前を散歩に連れ出したから、新しいヒールが汚れたわ。きれいにお舐め」
「はい、亜矢子さま」
未来は脚を組んだ亜矢子の、細くくびれた足首を両手で捧げ持って、ハイヒールの底へ舌を這わせはじめた。
「きれいに舐めるのよ」
冷やかに未来を見下ろしながら、亜矢子は煙をゆっくりと吸い込んだ。
間もなく、ウエイターがカフェ・オレと、大きめのスープ用のカップを運んで、気味悪げに去っていくと、
「待っておいで」
亜矢子は空のカップを持って、トイレへ姿を消した。
ほどなく戻って席につくと、
「お呑み、未来」
カップを床に置いた。
「お前にはこの私の躰を通過したものがふさわしいのよ」
客たちがざわめく中、未来は正座したまま黄金色に泡立つカップの中へ舌を伸ばしていった。
ピチャ、ピチャと犬が水を呑むのと同じ音が、静まり返った店内に響きわたった。
「一滴残らず呑むのよ。奴隷のお前にはもったいないくらいだわ。ホホホ」
高らかに笑いながら、亜矢子はヒールの底で、未来の頭を踏みにじった。
〜〜『鎖のエンブレムIII〜レディ・ドール〜』(由紀かほる)〜〜
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